(重点政策その1)こどもをはじめ、区民の健康維持に全力で取り組みます。ノー選挙カー渋谷

2011年04月09日

学校と保護者・地域社会とのコミュニケーションを考える 〜寄稿していただきました〜

国際大学GLOCOMの豊福晋平准教授に、「学校と保護者・地域社会とのコミュニケーションを考える」として、学校広報の重要性についてついて書いていただきました。

 


学校は教育機関でありますが、多様なステークホルダーに支えられています。
学校の運営基盤としての情報・コミュニケーションは極めて重要であると思っています。

-----------------


学校と保護者・地域社会とのコミュニケーションを考える



「学校と保護者・地域との連携強化」は学校教育の領域でずいぶんと昔から繰り返し強調され続けてきた課題ですが、立派な教育目標に掲げられることはあっても、具体的に「保護者や地域社会と学校をつなぐコミュニケーションにどの程度の配慮や改善がなされてきたか」と問われてみれば、長年変わっていないというのが実情でしょう。
学校教育領域全体の課題からみれば、このテーマは実に些細なものに過ぎないのですが、コミュニケーション手段は関係者をつなぐ土台の役割を果たすわけですから、様々な人々が実際関わる機会も多く、この貴重な機会をきっかけに、少し掘り下げて考えてみた次第です。


旧態依然としたコミュニケーション


保護者や関係者として学校に関わればすぐに分かることですが、学校でもっぱら用いられる情報伝達手段といえば、保護者会等の会合・紙媒体・電話が中心です。

中でも学校から日々手渡される紙文書や資料の類はきわめて大量です。保護者側からは、学校評価のコメント等で、学校からの紙配布物が多すぎて整理に困る、重要な文書を読み落とすことがある、との指摘が良くあります。
ライフスタイルの多様化によって、保護者が情報を必要とする場面は様々なのに、紙の書類が大量に家庭に留め置かれることでかえって情報入手の機会柔軟性を奪っている現状があります。



一方、学校関係者にとって、メールやホームページといったネットメディアはまだまだ使いこなしが難しいように見えます。それらの手段が存在することは百も承知ながら、実際に役立つ使い方になっていない、という言い方のほうが正確でしょうか。

例えば、全公立学校のうち全教員に対してメールアドレスを付与している学校は2010年3月現在全体の51.4%(文部科学省:学校における教育の情報化の実態等に関する調査結果 http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/zyouhou/1287351.htm) に過ぎず、教員個人が公式の学校アドレスを用いて対外的なやり取りをすることを難しくしています。
特に市区町村の小中学校の場合は、学校代表や管理職用の限定されたメールアドレスしか持たないことが多く、メールチェックは1日1回から週に1度もしないケースもあり、連絡がスムーズにいきません。

また、全公立学校のうち学校ホームページを設けている学校は全体の86.3%(2010年3月現在)ですが、毎日のように更新している学校はごく一部に過ぎず、大半の学校は年に数回程度の更新で、内容的にも学校要覧(紹介パンフレット)の域を超えるものは多くありません。

つまり、一般生活でのネット利用が浸透し、誰もが気軽に利用する状況になっても、学校と保護者や地域社会をつなぐコミュニケーション手段は、インターネットが爆発的に普及する1995年以前のスタイルがそのまま受け継がれているわけです。



教育委員会や学校側の対応が鈍い理由


このように、学校と保護者や地域社会を結ぶコミュニケーションとしては、大きな課題が存在するわけですが、教育委員会や学校側の対応は概して鈍いものです。

彼らが新しい手段をことさらに敬遠する理由として代表的なものを並べてみると、
・保護者宛にはマメに印刷配布物を出しているので問題ない
・保護者から特に強い不満が表明されているわけではない
・本務以外にホームページ等の業務が加わることで教職員の負担が増える
・インターネットが使えない家庭を切り捨てることになる
などがあります。

これらの理由は一見もっともですが、情報を受け取る側としては、今ひとつ釈然としません。
それは次に述べる2つの視点が学校側の認識から抜けているからです。



対等でない関係から生じる誤解


1点目は対等でない関係から誤解が生じやすいということです。
対等でない関係は、行為者と被行為者、情報発信者と受信者といった一方的関係を強めるので、強い立場はより物事を強いることが多くなり、弱い立場は、判断や行為を委ねることで依存的になります。立場の優劣がはっきりするほど、弱い立場の人は表立てて反対や疑問を表明することを抑圧し、同時に「〜してくれない」という依存的不満や被害者意識を蓄積させやすいと言えます。

学校側は子どもを指導・評価する立場にありますから、学校と保護者との関係は対等ではありません。保護者側は依存的受動的立場に置かれることで、ちょっとした不安や不満を直接伝えにくく、学校側がそれらに気づきにくい状況を作り出します。
例えば、学校を介さず直接対象者にネットアンケート調査を行った結果(豊福(2009)一般社会人を対象とした学校広報に関するオンライン意識調査,日本教育工学研究報告JSET09-2 pp.93-100 http://www.i-learn.jp/eduwoods/doc/090412jset.pdf)では、学校からの情報提供に対する充足度は、ポジティブな回答をすべて合わせても半分に達しませんでした。


つまり、学校側がたとえ「広報は十分だ」と考えていても、それは単に伝える側の都合であって、保護者や地域社会からのニーズに寄り添ったものである保証はどこにもありません。
保護者側から直接不満や意見がもたらされなくても、学校側が先回りして要望や不満を把握し、丁寧な対策をあらかじめ講じる必要があることを示しています。



メディア環境の変化による相互関係の変化


2点目はインターネットの普及とメディア環境の変化に伴って、学校側と地域市民や社会との関係や立場もまた変化していることです。
冒頭に紹介した1995年以前のコミュニケーション手段とは、会合のために個人の時間を都合する必要があったり、あるいは、紙資源を大量に消費して一方的に情報を送りつけるマスメディア的方法に限られていた訳ですが、ホームページやソーシャル・メディアの登場普及によって、コミュニケーションの手段・機会はより柔軟なものへ変化してきました。

マスメディア的方法が情報発信者からの一方的な「プッシュ型メディア」であったとすれば、ホームページやtwitterやfacebookといったソーシャル・メディアによって、個人の関心にあわせて選択可能な「プル型メディア」の活用が前面に押し出されるようになったのが、現代の特徴であると言えます。
プル型メディア(例えばホームページ)は、プッシュ型メディアに付きものの配布部数(対象者)や紙面・頁数(内容量)の壁を取り払ったことで、特定の話題に興味関心を抱く人であれば、誰でも、いつでも、納得のいくまで情報の深掘りをすることができ、さらには、ソーシャル・メディアを介して積極的関わりを持つことも可能です。
近年、公共機関や企業に求められるようになったアカウンタビリティ(説明責任)や外部透明性の流れもまた、メディア環境が変化したことに呼応したものと言えるでしょう。


残念ながら、教育委員会や学校は、旧来のプッシュ型メディアに依存しているために、‖仂櫃魄刷配布物の行き届く範囲の狭いコミュニティに囲い込み、また、∋飜未諒理的制限から、対象者像を一様に受動的依存的なのものとみなしがちです。ゆえに、学校からの情報発信は次第に形式的になり、受け手からのフィードバックに配慮しない貧しいものにとどまっているように見受けられます。



デジタル・デバイドの対岸に残された学校


これら2つの視点について、教育委員会や学校が未だ十分認識できず、1995年以前のコミュニケーション手段に囚われているのは、行政機構自体がデジタル・デバイドの対岸に取り残されている証拠(行政デジタル・デバイド)と言っても過言ではありません。


インターネットが利用できない層が存在することを理由に、コミュニケーション手段を改善工夫しないのは、逆に、メディアを柔軟に使いこなす層が積極的に関わる可能性を無駄に捨てているのと同じことです。
冒頭に述べたような、学校と保護者・地域社会との連携強化を実際に進めるためには、まず、日常的な相互コミュニケーションの手段が現代生活にあわせて最適化される必要があります。


では、仮に学校広報の依存強要的な関係とマスメディア的なプッシュ型メディア偏重を排したとすれば、どのような効果や展開が考えられるでしょうか。


もちろん、デジタルかアナログかの二者択一のような話や、システムを入れればすべてOKというような安直な解決ではなく、むしろ、学校広報の意義(ドイル・ボートナー(1972)によれば、「学校広報とは、学校と対象との間で十分理解し合い、友好的な協力関係を築くために行う活動」と定義されています)や目的に立ち返って体系的なメディア選択と組織的運用がなされることが理想でしょう。
具体的には、プッシュ型メディア(紙媒体や携帯メールの一斉同報)で伝達する情報量を最低限の基本とする一方で、大半のオプションをプル型メディアに移行することが一番現実的と言えます。紙媒体で配布した情報もすべてホームページに納めてしまえば、いつでもどこからでも必要な情報を引き出すことが出来るわけです。



学校ホームページはおそらくプル型メディアの中心として重要な役割を果たすことが期待されますが、その要点として次の5点を指摘しておきたいと思います。


.曄璽爛據璽犬良広い閲覧者が学校の社会的評価を形成する


オープンなホームページを閲覧する対象者の広がりは、学校の社会的評価(評判)を形成します。人の口に戸は立てられぬと言いますが、学校側から対象者が得る情報が極端に少なければ不信や悪い噂の種になり、逆に、情報が正確で豊富になるほど、学校自身が評判のディテールを決定できるようになります。


例えば、転勤の際、転校先を決めてから転居先を探す方は意外に多く、特に遠隔地の場合は学校ホームページの情報が決め手になるというのはよく聞かれる話です。


ホームページは、あくまで学校に関心のある人しか訪れないのですが、たとえそれだけでも、広報対象は保護者のみならず、学校側からは直接到達できない人々、例えば、保護者以外の家族、近隣の人々、卒業生、あるいは、当地に転入学を考えている保護者にまで広がる可能性があるわけです。



日常の地味でベタな情報が信頼関係に


学校ホームページでは、何でもない地味な日常の情報こそが最も必要とされます。
ホームページの品質は、更新頻度の高さに比例するといっても言い過ぎではありませんが、加えて、保護者や関係者が求めるのは、学校の日常描写そのものです。学校での様子をタイムリーに知らせることが、保護者を最も安心・納得させ、学校との信頼関係を強化します。


ちなみに、もとは学校単独で運用されることが多かったホームページですが、近年では、愛知県一宮市や大阪府堺市など自治体教育委員会単位で積極更新に力を入れているケースも増えてきています。



B人佑塀颪手と多面的な記述


J-KIDS大賞2010(第8回全日本小学校ホームページ大賞)で総務大臣賞を受賞した和歌山県・新宮市立王子小学校(http://net-kumano.com/ouji/)では、校長をはじめとして、各学年の授業の様子や栄養士さんによる給食紹介、子ども達の広報委員会、保護者ボランティアの方々など、様々な立場の書き手から数多くの記事が寄せられています。


たとえ派手な学校行事がなくても、普段の授業風景や給食の様子を記事として残せば、学校の営みが持続的に記録蓄積されます。それゆえ、ホームページの運用は担当者一人ではなく、多様な記述者によって組織的に行われることが望ましいと言えます。



だ眛世簗簑蟆魴茲里茲蠅匹海蹐箸靴


紙の学校だよりに堅い話を掲載しても、即全員に読んでもらうことには無理がありますが、ホームページの場合は少々事情が違います。
学校の日常が明らかになるほど、背景にある考え方や教育姿勢・成果を知りたいという要望は少しずつ着実に増えてきます。


特に、年に1〜数回保護者や地域を対象として行われる学校評価アンケート(外部アンケート)では、ホームページに評価根拠を求める機会も増えるでしょう。


例えば、J-KIDS大賞2009で総務大臣賞を受賞した新潟県・新潟市立亀田東小学校(http://www2.schoolweb.ne.jp/swas/index.php?id=1510002)は、保護者の正確な評価のため、学校ホームページに蓄積された膨大な記事を評価指標に応じて編集し直し、評価用資料として公開しています。この事例のように、学校運営に踏み込んで情報共有しながら問題解決を図ることが、ひとつのスタイルになるでしょう。



サ蚕囘な困難と負担を軽減する環境


ホームページ運用上の一番の課題は、運用担当者に負荷が集中しやすいことでした。特に、旧来のホームページ作成ソフトを用いた管理では、使える人が限られる上に、書き手が複数になった時点で柔軟な管理ができなくなってしまいます。
日常的広報が学校の記録蓄積にも役立つとはいえ、教職員の負担を増やしすぎては意味がないので、高い更新頻度を誇る学校の大半は、ブログやCMS(Content Management System)と呼ばれるシステムを用いたり、部分的にtwitterなどのソーシャル・メディアを取り入れたりして、技術的ハードルと管理の煩雑さを乗り越えています。


また、ホームページ以外では、関係者と円滑に連絡や情報共有が出来るように、公式メールアドレス付与やオープンなインターネットアクセスを前提とした教職員のネットワーク利用環境が求められるでしょう。



学校と保護者・地域社会が共鳴し合う関係へ


冒頭に述べたように、学校と保護者・地域社会のコミュニケーションは地味なテーマですが、学校の信頼や社会的評価(評判)に関わる領域でもあり、今後の学校経営や地域社会のありかたに与える影響は決して小さくありません。
現代生活にマッチしたコミュニケーションの最適化は、学校と関係者とのつながりをより柔軟かつ密接なものにし、高度な問題解決を協働するためには欠かせないものとなるでしょう。


また、学校側がコミュニケーション手段を現代生活に合わせて最適化できないのは、立場や認識の違いが障壁となって、新しい可能性を見いだせていない、デジタル・デバイドが原因としてあげられるわけですが、そもそも構造的に保護者側や学校教育内部からの問題提起が難しい課題でもある、ということもお分かりいただけたかと思います。


こうした学校特有の問題に頭を悩ましている一人として、この文章が学校領域外からの気づきと働きかけにつながればと思い、寄稿させていただきました。


-----------------
国際大学GLOCOM 准教授・主任研究員 豊福晋平


備考

・筆者(豊福)は、学校広報と学校ホームページに関する情報サイトを1995年から運営しています。ホームページの更新実績が高い学校を簡単に検索することができます。http://www.i-learn.jp/
・文章中でご紹介した小学校が受賞したJ-KIDS大賞(全日本小学校ホームページ大賞)はこちら http://www.j-kids.org/



このエントリーをはてなブックマークに追加
kenposzk at 13:29│TrackBack(0)考え・想いなど 

トラックバックURL

(重点政策その1)こどもをはじめ、区民の健康維持に全力で取り組みます。ノー選挙カー渋谷